十月末日・季封宮にて 一刻後

古嗣 「……しかし幻灯火のちまき好きも凄いね。もうかれこれ一刻は食べ続けているけど、よく飽きないものだ」
胡土前 「まあ幻灯火だしな。
 ……そういや鴉のヤツも中々戻って来ねえな」
古嗣 「確かに遅いね。僕としてもこんなむさ苦しいところより、美しい姫君二人の愛らしい顔を見てお話ししたいんだけど。とはいえ家族水入らずのところに邪魔する訳にも、ね」
胡土前 「だな。水差して秋房の二の舞になんのも馬鹿みてえだしな。
 あーしっかし暇だなぁ……碁でも打つか?」
古嗣 「それは丁重にお断りさせて頂くよ、胡土前。神無月も終わりのこの寒い中、水浴びなどごめん被るからね」
胡土前 「んだよ信用ねえな。だいたいあれは偶ぜ」
古嗣 「あと少しで決着が付く、さらに言えばお姫様の勝ちで終わるはずだった勝負の最中、偶然五回も水柱が立って客間が水浸しになり調度も全て新調することになったとお姫様が嘆いていたっけなぁ」
胡土前 「あ、あー…あーーー…………しっかし何だ? 鴉、随分と遅えよなぁ。もう小一時間は経つが……
 まさかあいつ、姫さんに悪戯とかしてねえよな?」
古嗣 「うーん……確かに空疎は時と場合と場所を考えないところがあるけど。さすがに小さなお姫様の前でそれはないんじゃない、かなぁ……?」
胡土前 「だよなあ。さすがにねえよなぁ」
空疎尊 「何がさすがにない、なのだ?」
胡土前 「お、戻って来やがったか。いや何でもね……包帯がない、だと…!?」
古嗣 「まさか……いや、まさかとは思うけれど、空疎、君、脱いだのかい?」
空疎尊 「ん? ああ、あの仮装のことか。あれなら訳あって」
胡土前 「遅い遅いとは思ってはいたが……
 なあ、鴉よぉ。ちっさいお子様の前では控えろよ」
空疎尊 「は? いったい何を言って」
古嗣 「君が案外けだ…いや、情熱的だというのは知っていたけれど、せめて人目ぐらいは気にしてあげないとお姫様が可哀想だよ」
空疎尊 「おい貴様、今獣と言いかけただろう!」
古嗣 「気のせいだよ。もしそう聞こえたのなら君の心に疚しいことでもあるんじゃないかな」
胡土前 「疚しいことっつーかやらしいことっつーかな」
空疎尊 「その言葉、そっくりそのまま貴様らに返してくれる……。
 言っておくが、仮装を解いたのは貴様らの邪推とはまったくかけ離れた理由からだ。あの格好をしていると芙蓉が大泣きして敵わぬのだ」
胡土前 「何だ、空疎。お前ちっさい姫さんに怖がられたのかよ?
 秋房なんか『わあ、あきふさ! へーん! おもしろーい!!』って笑ってもらえたって散々自慢してたぜ」
空疎尊 「ほう、それは羨ましい限りだな。我など本当に散々な目にあったというのに」
古嗣 「と言う割に随分とご機嫌がよろしいようだけど?」
空疎尊 「良いものか。
 芙蓉は我の姿を見るなり固まったかと思えば『とうさま、しんじゃだめ…!』などと言って泣き出すは、詞紀は詞紀で我にしがみついてくる芙蓉を引き離すなり青い顔で治療の呪いをかけようとする始末だ」
古嗣 「へ、へぇ……」
空疎尊 「どうやら我が命に係わるほどの大きな怪我を負ったのだと思い込んだようだな。事故であろうと何者かの仕業であろうと、我があのように無様な姿を晒すことなど有り得ぬというのに。
 近頃は我が娘も随分と分別がついてきたかと思っていたがやはりまだまだ子供だな。それに我が妻のあの慌てよう、普段の落ち着き払った長を演じる姿からは想像もつかぬほどの狼狽っぷりであったわ」
胡土前 「お、おう……」
空疎尊 「結局芙蓉は泣き疲れて我の袖を握りしめて眠ってしまうし、詞紀は早合点を恥ずかしがって顔を赤くして俯けてしまうし……そのくせ我の傍を離れようとはしないのだからな。まったく、母子揃って甘えたがりなものよ。
 ……まぁ、それほどまでに妻と娘から想われるのは、夫としても父としても悪くはなかったがな。
 それに……」
古嗣 「ごめん、空疎……」
胡土前 「もう勘弁してくれ…! 何にも食ってねえのに腹ぁいっぱいだ……!」



後書き
 サブタイトル『CERO C組の集い』
 娘が仮装で大泣き、からの妻が大好き子煩悩空疎様、を去年からずっと書きたかったんです……!!
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